この時期の僕の意識を支配していた重要事項のツートップが、仕事探し&パン工場デビューと、この日のサンバチームの練習でした。なにせヴォーカル・デビューでしたので。
***
去年11月の見学から2~3回参加して、「このチームの楽器隊、打楽器メンバーの層の厚さに比べて、ヴォーカルとカバキーニョ(ウクレレに似た弦楽器)の人数が少ないなぁ」と感じていました。ヴォーカルは生身の人間が楽器ですので喉の調子が悪かったり、歌い過ぎて声が出なくなったりということもあるでしょうから、リリーフは多いほうがいい、という発想です。それに、打楽器が意外に難しい(サンバが特に、ということかもですが)ことを知りまして、5月の神戸まつりに間に合う自信が無くなってきました。
というわけで、楽器隊リーダーに直近の練習(1/23)の出欠連絡メールを送信する際に、フランス語検定受験のため午後の練習不参加に加え、「打楽器を担当するのが無理でも、ヴォーカル(サブ)でお役に立てるよう頑張ろうと思っています」と一言書いておきました。
で、1/23(日)朝、練習会場に行くと、チームのコアメンバー3人(楽器隊リーダー、チームリーダー、ダンス組リーダー)が雑談しているところでした。フランス語検定受験の話を皮切りに10分ほど話しました。3人とも「フランス語って?!」という表情でしたので、いつもの「ウチの長女が大学生になりまして、第二外国語にフランス語を選択しまして・・・」という説明をしたのち、「実は20年前からイタリア語やってますので、ポルトガル語の歌詞も何となく分かるんですが、歌う以上はきちんと理解しておくほうがいいかな、と思いまして、フランス語の勉強はこれくらいにして、明日からポルトガル語の勉強をするつもりです」というような話をしました。
チームリーダー曰く、「実はウチのチーム、ヴォーカルがネックでなぁ・・・。演奏の録音もしたいんだが、歌がなんちゃってポルトガル語だと恥ずかしいんで保留しているんだよ」「勉強しよう、ってところがイイね。やはり歌の意味を分かって、歌の世界に入って歌ってくれなきゃダメだと思うから」とのこと。期待を背負ってしまいました。
午前中は打楽器の練習のみで終了し、僕はそのまま去りましたので、ヴォーカルデビューは次回持ち越しになりました。ところがその次回は謎の発熱で参加自粛、そして迎えた2/13の練習でした。
***
この日は午前中所用があり、午後から練習に参加しました。
このチームの練習は毎回、午前中は楽器隊・ダンス組が別々で練習し、午後から合同で練習する、というパターンです。練習会場に入ると何だか煌びやか。普段はジャージなどを着て練習しているダンサー達が、この日は本番の衣装を着て踊っていたのでした。衣装合わせを兼ねての練習とのことでした(踊りやすい衣装かどうかも大事なことですからね)。
「じゃあ、いっぺん歌って貰いましょう」とのことで、練習中盤で僕がマイクを握って歌いました。人前で歌うのは慣れていたつもりでしたが、キーが合っていなかったり歌詞が出てこなかったりで我ながら散々な出来で、案の定2~3分で「止め!」の合図が出ました。Orz..
カバキーニョ、現ボーカル、僕の3人で打楽器の練習する音が聞こえない別室に移動して、特訓が始まりました。色々指摘されましたが、整理すると、
(1)♪=135(一分間135拍)のテンポに乗って歌え、
(2)音を伸ばして歌うな、短く切って歌え、
(3)喉で歌うな、腹で歌え、
ということでしょうか。
(1)♪=135というのは、良く知っている歌の場合は何ら問題無く歌えますが、うろ覚えの歌だと呂律が回らなくなるスピードです。本来、このスピードで歌えるようになってから練習日を迎えるべきでした。orz.
(2)楽曲を聞いた限りでは、ヴォーカルは普通にレガートやテヌートを多用して歌っているように聞こえるのですが、彼ら曰く「それはポップスの歌い方。その歌い方ではダンサーが踊れない」とのことで、スタッカート気味に歌うのが良いらしいです。
(3)これは専門的なトレーニングが要りそうです。
(4)ポルトガル語がきちんと発声出来ていたかどうかについては全くノーコメントでした。現ヴォーカル自身ほとんどきちんと歌えていない(=なんちゃって)ので、僕のポルトガル語をどうこう言うのは控えたのかも知れません。
そんなこんなで前途多難なヴォーカルデビューとなりました。
しかし、全く見込みが無いならば「打楽器をやってくれ」と宣告されたことと思います。そうではなくて、ああせよこうせよと言って貰えたのは、まだ見込みがあるからだ、と解釈して、神戸まつり出場を目指して頑張ろうと思います。
なかなか大変な時期を過ごされていたのですね。でも努力家の黒田さんの事、やり抜かれるかと存じます。
私は1日の入院から19日間の入院生活に、体力低下、さらに筋力も低下し家の中で歩行器使ってやっと歩くことに。
今はやっと杖を使って手刷りの補助でやっと歩くのができたところです。
2月の手術の予定が5月に延期。青天の霹靂です。でもいい経験させていただきました。人生観変わりました。うわべだけでもっともらしい事言ってる奴はすぐ見抜けるようになりました。反対もしかり。
生きていればこそ、いろんな事が、ありますが。またこの度命助けられ生きて戻れました。また話せたらと。話がそれているかもしれません。お許しくださいね。
ふむ、ふむ。では、この色々な経過をじっくりお聞きいたしますよ〜。やはり対話しないと解らないですから。X日を楽しみにしていますネ、♥️