雪の城下町(終)

年末も28日の昼間、彼女から仕事の依頼のメッセージが届いた。
数回遣り取りをして1月中旬の施術を決めた。

前日、彼女の住む○○地方に大雪が降った。
しかし当日、バスは定刻通り、雪の城下町に着いた。
街歩き用の靴は、バスを降りるや否や雪に埋もれてしまった。

彼女の車らしき軽自動車が近くの空き地に停まっていた。
運転席の横に立って中を見ると髪の長い女性が居た。彼女だ。
やや硬い笑顔で助手席のドアを開けてくれた。

彼女の緊張を感じながら、いかにも初対面の者同士の会話を続けた。
幸いにもホテルまでの道程は短く、五分程度で到着した。
車を降りた彼女は鉄製のオブジェを動かしてナンバープレートを隠した。
よく気が付く女性なのだ。

そのホテルは一階が車庫、二階が部屋になっていた。
部屋は壁面がすべて黒。
室内の設備は外壁に沿って作ってあるL字の通路を通った先にあった。
部屋を狭くするような通路をわざわざ作ってあるのが不可解だった。
彼女曰く「凝ったデザインが売りの新築ホテル」とのことだった。

コートを脱いで対面すると、改めて彼女の長身に気付く。
172cmあるという。
彼女がフロントにウェルカムドリンクを注文してくれた。
ソファに座り、持参した和菓子を食しながら話をする。
趣味のこと、家庭のこと、性生活のこと・・・

話は尽きなかったが、話をしに来た訳ではないので、
彼女を促して浴室に行ってもらった。
その間僕は施術道具を並べ、使わない備品を邪魔にならない場所に移動し、
BGMをモーツァルトチャンネルに合わせた。

トイレのあと洗面所で手を洗った。
透明な硝子扉の先の浴室で、浴槽の中の彼女が水鉄砲で鏡を打っていた。
その無邪気な姿に、僕の心の中の何かが融けた。

忘れないよ 君のこと

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